第35回 『思い出せない』
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過去のことって、忘れますよね。 それは大概、どうでもいいことだからです。 もしくは、必要なときに取り出せる。 「えっと、なんだったけなあ。ああ、そうだそうだ!」みたいなやつ。 でも、もしその体験が、「耐えられない、受け入れられない、思い出すことさえ辛すぎる」ことだったら、どうでしょう。 大概、人はそれを心の奥底に秘め、思い出さないように注意し、思い出させるようなことがあると避けたり、少し機嫌が悪くなったりします。 テレビで流れてきたら、チャンネルを変えたり、 「そういう話は嫌いなんだ」と言って座を外したり、そうして暫く、苦痛の余韻に浸り、また、ゆっくりの記憶の底に沈むのを待ちます。 しかし、そうやって思い出すことさえ耐えられないような記憶だったら、どうするでしょう。 そう、沈めたまま鍵をかけてしまします。 思い出せないようにしてしまうのです。 そしてそれは、その人にとって、苦痛の箱になります。 中身は、もう、思い出せません。 これでうまく行くはずなのに、やっと安寧を得たはずなのに、そのうち厄介なことが起こってきます。 もし、その記憶を思い出させるようなことがあると、些細なことでも、その人は飛びあがって怒るようになります。もしくは徹底的に避けるようになります。 なのに、自分では理由がわかりません。 「よくわからないけど、絶対そう言われるのは嫌なんです。」 「自分でもわけわからないほど、怒ってしまって」 たった、一言のために会社を辞めたり、嫌な思いをしないように、引きこもったりしてしまいます。 なぜだか分かりますか? 意識には登らないように、深く沈めました。 がんじがらめにして、鍵もかけました。 それは、記憶から消したのではなく、無意識のレベルに閉じ込めたということだからです。 ですので、押さえ込まれた分、無意識ではむしろエネルギーは増幅し、悪夢を見たり、どうしようもない衝動として、暴発したりします。 もし、このエネルギーが鎖を外すほど強くなると、場合によっては人格が分かれ、閉じ込められた過去の傷ついた自分、苦痛に満ちた自分が人格交代して、面の自分では決して使わないような暴言を吐いたり、相手を攻撃してしまうことさえあります。 覚えてないのに。 そんなつもりはないのに。 では、どうしたらいいのでしょう。 無意識の牢獄に閉じ込められた自分は、当時の傷ついた自分、苦痛に満ちた自分。 忘れられたら、もっと痛みます。 当時は、誰も理解してくれず、救ってくれず、愛してくれず、見捨てられたのです。 いいですか。 今の自分は違います。 今の自分は、当時の苦痛を、理解し、慰め、愛し、救えるはずです。 もしくは、今の自分が、当時の苦痛を、理解し、慰め、愛し、救える自分になってください。 あの時は切り取って埋めてしまうことが最善と思ったけれど、そうではなかったのです。 あの時は、そうしかできないほど幼く、弱かったけれど、今は違うのです。 ある意味、埋めたときに、その子の時間は止まったと思ってください。 傷ついた自分をイメージできますか? 誰より可哀想な子です。 その子の話を、聞いてあげてください。 「誰かが」ではなく、「あなたが」その子を愛するためにできることを全てをやってみてください。 そうすれば必ず、道は拓けていきます。